※この記事は実際のご相談をもとに、個人が特定されないよう一部内容・設定を変更しています。
不動産の査定書には、
土地面積
建物面積
築年数
路線価
近隣成約事例
接道状況
用途地域
そういった数字が並びます。
もちろん査定には必要です。
しかし、数字だけでは表せないものがあります。
私たちは年間300件以上のリースバック相談を受けていますが、そのたびに思うことがあります。
「お客様が売ろうとしているのは家ではなく、その家で過ごした人生なのだ。」
今回ご紹介する須藤さん(仮名)との出会いも、そんな相談の一つでした。
「電話では話せないので、一度来てもらえませんか。」
ある日の午後。
ホームページをご覧になったという一本の電話が入りました。
落ち着いた男性の声でした。
「リースバックについて少し聞きたいんですが……。」
こうしたお問い合わせは珍しくありません。
ですが、その日の最後の一言が印象に残っています。
「電話では話しにくいので、家まで来てもらえますか。」
後日、尼崎市へ向かいました。
阪急神戸線・園田駅。
駅前の賑わいを抜けると、少しずつ景色が変わっていきます。
昔ながらの住宅街。
子どもたちが遊ぶ公園。
長く地域で暮らしている方が多い街です。
駅から歩くと約15分。
目的の家は静かな住宅地の一角にありました。
決して豪邸ではありません。
ですが、きれいに手入れされ、玄関先には季節の花が植えられていました。
「どうぞ。」
そう迎えてくださったのが、63歳の須藤さんでした。
家の中には、「生活」が残っていました。
仕事柄、私は年間何百件もの住宅を見ています。
その家へ入った瞬間、私はあることを感じました。
この家は売る準備をしていない。
一般的に売却を決めた住宅は、荷物を整理し始めていたり、どこか生活感が薄れていたりします。
ところが須藤さんの家は違いました。
居間には読みかけの新聞。
ダイニングテーブルには湯飲み。
壁には家族旅行の写真。
仏壇には毎日手を合わせている形跡。
テレビでは昼の情報番組が流れていました。
「まだ売ると決めたわけじゃないんです。」
席に着くなり、須藤さんがそう言いました。
この一言で、今回の相談は「査定」ではなく、「人生の相談」になると感じました。
「仕事はある。でも、お金が回らない。」
須藤さんは22歳で町工場へ就職し、その後独立。
現在は従業員4名の金属加工会社を経営しています。
尼崎市は今も多くの製造業が集まる街です。
須藤さんの会社もその一つ。
図面通りに金属を削り、産業機械の部品をつくる仕事でした。
「うちは派手な仕事じゃないですよ。」
そう笑いながら工場の写真を見せてくださいました。
工作機械。
切削工具。
長年使い込まれた旋盤。
写真からも油の匂いが伝わってきそうでした。
しかし、会社は苦しい状況でした。
仕事はあります。
むしろ以前より忙しい。
それなのに利益が残らない。
材料価格は上がる。
電気代も上がる。
人件費も上がる。
それでも納入価格はほとんど変えられない。
「仕事を断ると、次は仕事が来なくなる。」
だから受け続けるしかありませんでした。
「一番怖かったのは、銀行じゃありません。」
私は自然と聞いていました。
「何が一番不安でしたか。」
少し考えてから、須藤さんは答えました。
「従業員に給料を払えないことです。」
その答えは、正直、予想していませんでした。
住宅ローンではありません。
ご自身の生活でもありません。
40年以上一緒に働いてきた社員さんの生活でした。
「家族みたいなもんですから。」
その言葉に、この方の人柄がすべて表れていました。
査定ではなく、「どう生きたいか」を一緒に考える時間
この時点で、私はまだ査定額の話をしませんでした。
リースバックが本当に適しているのか。
一般売却の方が良いのか。
融資は受けられないのか。
親族への売却はできないのか。
一つずつ整理していきました。
すると須藤さんが、小さくつぶやきました。
「実は、家を売りたいわけじゃないんです。」
その続きがありました。
「この家から出たくないんです。」
この瞬間、「資金調達」が相談の目的ではなく、「住み慣れた生活を守ること」が本当の目的だと分かりました。
査定額よりも大切だったもの
現地調査では、土地の形状、接道、建物の状態、周辺相場、将来的な再販性まで細かく確認しました。
園田駅から徒歩15分という立地は、駅近とは言えません。
それでも阪急神戸線沿線は住宅需要が安定しており、尼崎市内でも比較的流動性の高いエリアです。
出口戦略まで含めて慎重に検討し、無理のないリースバック条件をご提案しました。
しかし、契約の決め手は査定額ではありませんでした。
「ここに住み続けられるなら。」
その一言でした。
契約の日に見た表情
契約を終え、書類を鞄へしまった時、須藤さんは少し照れくさそうに笑いながら言われました。
「不思議ですね。家を売ったのに、今日もこの家で晩ご飯を食べるんですよね。」
その言葉に、私はリースバックという仕組みの本質を改めて考えさせられました。
家を売ることが目的ではない。
住み慣れた暮らしを続けるための手段なのだ、と。
私たちが「リースバックありき」で話を進めない理由
リースバックは万能ではありません。
一般売却の方が手元資金が多く残るケースもあります。
住み替えを選んだ方が将来の負担が軽くなるケースもあります。
だからこそ、私たちは最初から「リースバックをしましょう」とは言いません。
相談者が本当に守りたいものは何か。
その答えが見つかった時に、初めて選択肢としてリースバックをご提案しています。
最後に
この記事を書きながら、契約の日の須藤さんの笑顔を思い出しました。
私たちが扱っているのは、不動産という「モノ」ではありません。
その家で積み重ねてきた時間であり、暮らしであり、人生です。
だから査定書には書けないことがあります。
数字だけでは測れない価値があります。
これからもヤマトハウステックは、一件一件のご相談に向き合いながら、その方にとって本当に納得できる選択肢をご提案していきます。
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