はじめに
「現状有姿(げんじょうゆうし)」での不動産売買は、売主にとっては修繕やリフォームの負担を抑えられる一方で、売主・買主の双方に一定のリスクを伴う取引方法です。
物件を「今あるままの状態」で引き渡すことになるため、
- 引き渡し後に発覚する不具合
- 想定していなかった修繕費用
- 契約不適合責任や告知義務をめぐるトラブル
など、注意すべきポイントが少なくありません。
現状有姿の取引を安全に進めるには、物件の実際の状態と、売主・買主それぞれの「責任範囲」をできるだけ明確にしておくことが重要です。
本記事では、
- 現状有姿とは何か
- 契約不適合責任・告知義務との関係
- 売主・買主が直面しやすいリスク
- インスペクションや契約内容でできる具体的な対策
を、できるだけ専門用語をかみ砕きながら解説します。
1. 「現状有姿」とは?基本の考え方
1-1 現状有姿の意味
現状有姿とは、不動産を「現在の状態のまま」引き渡すという意味の特約です。
一般的には、
- 売主は引き渡し前にリフォーム・修繕を行わない
- 壁紙の汚れや床の傷、設備の古さなどはそのまま引き渡す
- 残置物をどこまで撤去するかも特約で決めることが多い
といった前提で契約します。
そのため、表面的には**「売主に有利」**に見えますが、後述のとおり 契約不適合責任や告知義務がすべて消えるわけではありません。
1-2 「現状有姿なら売主は責任ゼロ」は誤解
よくある誤解が、
「現状有姿と書いておけば、あとで何が出てきても売主は一切責任を負わない」
という考え方です。
しかし実際には、
- 民法上の契約不適合責任は「任意規定」であり、特約で一定の制限・免除は可能だが、
- **売主が不具合を知っていて告げなかった場合(悪意)**などでは、免責特約が無効となる場合がある
といったルールがあります。
また、宅建業者が関与する取引では、重要事項説明・告知義務は現状有姿であっても免除されません。
2. 現状有姿と「契約不適合責任」「告知義務」の関係
2-1 契約不適合責任の基本
2020年4月の民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」は廃止され、現在は**「契約不適合責任」**という考え方が採用されています。
簡単に言うと、
売買の目的物(不動産)が、種類・品質・数量などの点で、契約で合意した内容に適合していない場合に、売主が負う責任
のことです。
買主は状況に応じて、
- 追完請求(修補・代替物の引渡しなど)
- 代金減額請求
- 損害賠償請求
- 契約解除
などを主張できる場合があります。
2-2 免責特約の「できること」と「限界」
契約不適合責任は任意規定なので、売主・買主の合意により、
- 責任を一定範囲で制限する
- 期間を短くする
- 責任を免除する
といった 「免責特約」 を置くことが可能です。
ただし、民法572条により、
- 売主が不適合を知りながら告げなかった場合(悪意)
- 売主自らが第三者の権利を設定した等、特に信義則に反する事情がある場合
などでは、免責特約の効力が否定され得るとされています。
つまり、
「現状有姿+契約不適合責任免責」と書いてあっても、売主が知っていた重大な欠陥を隠していた場合は、責任を免れない可能性が高い
という点は押さえておく必要があります。
2-3 告知義務は残る
現状有姿であっても、売主の告知義務そのものが消えるわけではありません。
特に次のような事項は、買主の判断に大きく影響するため、告知が求められます。
- 重大な雨漏り・シロアリ被害・構造上の欠陥
- 過去の大きな水害・火災などの被害
- 自殺・事故などの「心理的瑕疵」がある場合
- 長年続く近隣トラブル、騒音トラブル など
宅建業者が売主または仲介する取引では、宅地建物取引業法上の重要事項説明の義務も残るため、「現状有姿だから説明不要」ということにはなりません。
3. 売主側の主なリスクと対策
3-1 契約不適合責任から「完全に逃げる」のは難しい
現状有姿特約を付けても、
- 売主が不具合の存在を知っていた、または通常の注意をすれば把握できたとみなされる場合
- 安全性・居住性に重大な影響がある欠陥(構造上の問題など)
については、責任を免れない可能性があります。
▶ 対策のポイント
- 事前にインスペクション等で状態を把握する
- 把握した不具合は、原則として「隠さず」書面で告知する
- 免責の範囲・期間は、専門家に相談しながらバランスよく設定する
3-2 価格交渉での値下げ圧力
現状有姿の物件は、買主側が
- 修繕費・リフォーム費用
- 残置物撤去費用
- 将来のメンテナンス費用
などを見込んで検討するため、価格交渉での値下げ要求が強く出やすい傾向があります。
▶ 対策のポイント
- 事前に概算でも修繕・撤去費用を把握し、説明できるようにしておく
- 類似物件との比較や査定資料を用意し、「なぜこの価格なのか」を論理的に説明する
3-3 告知義務違反によるトラブル
知っていた不具合や事故・トラブルを隠して売却した場合、契約解除や損害賠償請求を受けるリスクがあります。
▶ 対策のポイント
- 「言うべきか迷う」内容こそ、先に相談&記録に残して告知
- 重要な告知内容は、口頭だけでなく契約書・付属書類に明記しておく
3-4 販売期間の長期化とコスト増
現状有姿の築古物件などは、購入希望者が限られやすく、販売期間が長期化すると、固定資産税・管理費・空き家の維持費がかさむことになります。
▶ 対策のポイント
- 価格設定と販売戦略を早い段階で見直す
- 個人への売却が難しい場合、買取業者への売却も選択肢に入れておく
4. 買主側のリスクと注意点
4-1 隠れた不具合による想定外の出費
現状有姿の物件では、
- 配管の劣化による漏水
- 電気配線の老朽化
- 基礎や土台の腐食・ひび割れ
- 断熱・防水性能の不足
など、外からは分かりにくい不具合(隠れた瑕疵)が残っている可能性があります。
購入後に大規模な修繕が必要になれば、数十万〜数百万円単位の出費になることも珍しくありません。
▶ 対策のポイント
- 可能な限りインスペクションを実施する
- リフォーム会社・工務店から概算見積もりを取り、総予算を把握しておく
4-2 残置物の処分費用
現状有姿では、売主の荷物・家具・家電などがそのまま残った状態で引き渡されることがあります。
大型家具・家電、ピアノなどがある場合、専門業者への依頼が必要で費用もかかります。
▶ 対策のポイント
- どの残置物を誰の費用で撤去するか、契約書で明確にしておく
- 残置物リストを作成し、「引渡し時に残るもの/撤去するもの」を合意しておく
4-3 境界・近隣トラブル
境界標が欠けていたり、近隣との境界認識が曖昧なまま購入してしまうと、後から境界紛争に発展する可能性があります。
また、
- 長年の騒音トラブル
- ゴミ出し・駐車マナーの問題
- 私道の通行・掘削承諾をめぐる争い
など、近隣関係のトラブルが潜んでいることもあります。
▶ 対策のポイント
- 可能であれば測量図・境界確認書などの有無を確認する
- 昼・夜・平日・休日など、複数の時間帯に現地を見に行く
4-4 構造的な安全性・耐震性
特に築古物件の場合、
- 現行の耐震基準を満たしていない
- 構造部材の劣化が進んでいる
- 大規模な耐震補強が必要になる
といったケースもあり得ます。
▶ 対策のポイント
- 構造に詳しい専門家による調査を依頼する
- 「建物として使い続けるのか」「解体して土地活用するのか」を早めに検討する
5. 契約不適合責任の「実務的な」イメージ
5-1 免責されやすいケース
現状有姿特約や免責特約を設けた場合、一般に免責されやすいのは、
- 築年数に応じた通常の経年劣化(クロスの汚れ、床の傷み、設備の古さ など)
- 契約前の内覧で買主も確認できた不具合
といった部分です。
5-2 免責されにくいケース
逆に、現状有姿でも責任を問われやすいのは、
- 売主が知っていた重大な雨漏り・シロアリ・構造欠陥などを告げなかった場合
- 安全性に直結する欠陥(基礎の重大な損傷、耐力壁の欠如 など)
- 契約書・広告の表示と実際の物件状況が大きく異なる場合
などです。
5-3 損害賠償の考え方
契約不適合責任が認められた場合、基本は「その不具合を直すために必要な費用」が損害額の基準になります。
ただし、
- 現状有姿として相場より安く売買されていたか
- 買主の事前調査が十分であったか(過失相殺)
といった事情により、実際の賠償額が調整されることもあります。
6. トラブルを防ぐための具体的な対策
6-1 インスペクション(建物状況調査)の活用
建物インスペクションは、専門家が建物の状態を調査し、
- 構造部分の劣化状況
- 屋根・外壁・バルコニーの状態
- 給排水・電気設備の状況
などをチェックする仕組みです。
費用は内容にもよりますが、数万円〜十数万円程度で実施できる場合が多く、後々のトラブルや高額な修繕を考えると、十分に費用対効果のある手段と言えます。
売主側のメリット
- 把握した不具合を前提に価格・特約を決めやすい
- 後から「そんな話は聞いていない」と言われるリスクを減らせる
買主側のメリット
- 購入後に想定される修繕費用をある程度見込める
- 資金計画を立てやすくなる
6-2 契約書で明確にしておきたいポイント
現状有姿の取引では、契約書で次のようなポイントをできるだけ具体的に記載しておくことが重要です。
- 残置物の範囲と撤去の有無・費用負担者
- 設備の動作保証の有無(給湯器・エアコン等)
- 過去の修繕・リフォーム履歴
- 増改築・用途変更の履歴
- 近隣とのトラブルや心理的瑕疵の有無
- 契約不適合責任を負う/負わない期間や範囲
必要に応じて、不動産取引に詳しい専門家(弁護士・司法書士等)に契約書案を確認してもらうと安心です。
6-3 適切な価格設定と市場分析
現状有姿の物件は、
- 「リフォームを前提とする投資家」
- 「自分好みにリノベーションしたい実需層」
など、ある程度ターゲットが絞られます。
周辺の成約事例や、リフォーム費用の目安を踏まえつつ、
- 「現状のまま」の適正価格
- リフォーム後の想定価値
を意識した価格設定を行うことで、無用な値引き交渉や長期化を防ぎやすくなります。
6-4 買取業者の活用
- 築年数が非常に古い
- 大規模修繕が必要
- 相続や空き家で早く現金化したい
といったケースでは、買取業者への売却も有力な選択肢です。
一般に買取価格は、相場の売却価格より低くなることが多いものの、
- 売却までのスピードが速い
- 契約不適合責任のリスクを抑えられる条件が設定されやすい
- 仲介手数料が不要になることも多い
といったメリットがあります。
複数業者から見積もりを取り、条件を比較検討したうえで選ぶようにしましょう。
7. まとめ|現状有姿は「リスクを理解して使えば有効な選択肢」
現状有姿での不動産売買は、
- 売主にとっては「修繕せずに早期売却しやすい」
- 買主にとっては「価格を抑えて購入できる可能性がある」
というメリットがある一方で、
- 契約不適合責任や告知義務がゼロになるわけではない
- 隠れた不具合や境界・近隣トラブルのリスクがある
という点を正しく理解しておく必要があります。
売主側のポイント
- インスペクション等で状態を把握する
- 知っている不具合やトラブルは隠さず告知する
- 契約不適合責任の範囲・期間を契約書で明確にする
買主側のポイント
- インスペクションやリフォーム会社の相談で総コストを把握する
- 残置物・境界・近隣関係を事前に確認する
- 「安く買えた」だけで飛びつかず、長期的な維持費も含めて検討する
※最後に(ご注意)
本記事の内容は、現行法に基づいた一般的な解説であり、個別案件についての法的判断や保証を行うものではありません。
具体的なトラブルや契約内容については、弁護士などの専門家にご相談ください。
「大阪で現状有姿での売却や築古戸建て・空き家の活用をご検討中の方は、ヤマトハウステックまでお気軽にご相談ください。」
